2025/11/20
「年間100人が辞める」看護部長が語った、それでも看護師が戻ってくる病院の秘密
「年間100人が辞める」看護部長が語った、それでも看護師が戻ってくる病院の秘密
尼崎市にある関西ろうさい病院。この病院では毎年、約100人の看護師が退職し、そして100人の新しい看護師が入職する。看護師不足が叫ばれる中、看護部長の坪井氏は「引き止めに限界を感じている」と率直に語る。それでも、この病院には一度辞めた看護師が「戻ってきたい」と言って再び門を叩く。一体なぜなのか。

「引き止めるのは難しい」尼崎という立地の宿命
「正直に言うと、引き止めるのは難しいんです。」
坪井看護部長は、インタビューの中でそう切り出した。
関西ろうさい病院がある尼崎市は、神戸と大阪の間に位置する。どちらに行っても都市部まで電車で20分足らず。看護師の働き口は、文字通り「どこにでもある」環境だ。
「特に今の若い看護師たちは、美容整形クリニックを希望する人が本当に多いんです。そういう職場は都会にたくさんあるので、どうしてもそちらに流れてしまう。」
面接をしても、引き止めの努力をしても、限界がある。坪井部長の言葉には、現場のリアルな苦悩が滲んでいた。
平均年齢30.6歳―若き看護師たちの声を形にする
それでも、この病院には独特の魅力がある。
まず目を引くのが、看護師職員の平均年齢の若さだ。病院全体で30.6歳、病棟によっては30歳を切る部署もあるという。
「若い看護師が多いので、例えばパンフレットを作る時には若い人たちのアイデアがとても助かるんです。」
坪井部長が大切にしているのは、若手の声を実際の施策に反映させること。白衣を新調する際も、師長や部長だけで決めるのではなく、若手看護師を集めて意見交換を行う。
「何か取り組みをする時には、若い人の意見を大事にする場を作っています。」
トップダウンではなく、現場の声から変化を起こす。それが、この病院の風土だ。
12月導入「自動シフト作成システム」―2交代と3交代、選べる働き方
そして今、この病院が挑戦しているのが、働き方の大改革だ。
2025年12月1日から、2交代制と3交代制を選択できる制度が始まる。これまで3交代制のみだった勤務体制を、看護師自身が選べるようになるのだ。
「世の中の8割くらいの病院が2交代になっているので、家族の都合や本人の希望に合わせて選べる制度を導入することにしました。」
しかし、ここで一つ問題が生じる。2交代と3交代が混在すると、シフト作成が極めて複雑になるのだ。
「よく聞いてくれました。」と坪井部長は笑う。
「自動でシフトを作成できるシステムを導入したんです。かなり高額なものでしたが。」
各看護師の希望(2交代か3交代か)を全て打ち込むと、システムが自動でシフトを組む。最後に師長が微調整するだけで済む。
「まだ来月からなので何とも言えないんですが…12月のシフトを今、コンピューターが作っているところです。」
未知への挑戦。それでも、看護師たちの働きやすさのために、新しい一歩を踏み出す。
授乳しながら大学院へ―「診療看護師」という最強のロールモデル
坪井部長が関西ろうさい病院に赴任して5年。ここで出会った看護師たちの中に、忘れられない存在がいる。
「診療看護師」だ。
診療看護師は、看護師として5年働いた後、さらに2年間大学院で学んで取得する極めて高度な資格だ。全国でも1000人に満たない希少な存在で、医師の指示なしに一定の医療行為を行える権限を持つ。

「この病院に最初に入ってきた診療看護師さんは、子どもを育てながら大学院に通われたんです。授乳しながら勉強していたと聞いて、本当に素晴らしいなと思いました。」
医師がすぐに対応できない時、自分たちが代わりにできる。そのことに誇りを持って働く姿に、坪井部長は深く感銘を受けたという。
「患者さんのためなんだという気持ち、看護への思いが、すごく高い士気で働かれている。もっと若い時にこういう人に出会っていたら、自分も色々できたのにな、と思いました。」
現在、この病院には5〜6名の診療看護師が在籍している。そして、その姿を見た若い看護師たちが「私もなりたい」と大学院を受験し、また戻ってくる。
良い循環が、ここにはある。
「物足りなくて戻ってきました」―高度急性期病院の魅力
年間100人が退職する。しかし、興味深いデータがある。
「辞めても、また戻ってくる人が多いんです。」
一度は他の病院やクリニックに転職した看護師が、再び関西ろうさい病院の門を叩く。
「ちょっと他を見てみたかったという人もいますが、うちは高度急性期でクリティカル分野が強いんです。他の病院に行ったら物足りなさを感じて、やっぱり戻ってきたという方もいらっしゃいますね。」
命と向き合う現場。最先端の医療技術。そして診療看護師をはじめとする専門性の高い仲間たち。
一度離れてみて、初めて気づく価値がある。
今働く看護師へのメッセージ
坪井部長には、それぞれの看護師に伝えたいメッセージがある。
子育て中の看護師には、こう語る。
「子どもはすぐ大きくなります。だから辞めないでほしい。せっかく苦しい実習も、辛い新人時代も乗り越えてきたのだから。」
そして、病院の10%を占める男性看護師には、別のメッセージを投げかける。
「男性女性という言い方はいけないとは思いますが、50歳の女性看護師が20歳の男性患者の体を拭くのは問題なくても、50歳の男性看護師が20歳の女性患者の体を拭くことはできません。」
男性看護師だからこその難しい場面に出会うことも少なくない。
「だから、特定行為研修を受けるとか、認定看護師になるとか、管理職の道とか、学校の先生の道とか。ナースプラス何かの資格を持った方が、自分のキャリアに自信がつくと思います。」
男性看護師も長く活躍できるキャリアを築いてほしい。坪井部長の言葉には、男性看護師への期待と配慮が込められていた。
看護部長が5年間で守り続けた、ただ一つの価値観
インタビューの冒頭、坪井部長はこう語った。
「看護部長として大切にしているのは、その病院が今まで作ってきた歴史を大切にすること。看護部長が変わったからといって、すぐに何もかもが変えられるわけではないですから。」
そして、看護師としての自分自身が大切にしていることについては、こう答えた。
「このことは患者さんにとって良いことなのか、ということを、何においても常に振り返るようにしています。それがずっと看護師の時からの自分の大切にしているところです。」
制度を変える。システムを導入する。若手の意見を聞く。
その全ての根底にあるのは、「患者さんにとって良いことなのか」という問い。
そして、その問いに真摯に向き合う看護師たちが、最高の看護を提供できる環境を整えること。
終わりに―引き止められなくても、選ばれる病院へ
年間100人が辞める。確かに厳しい現実だ。
でも、この病院には戻ってくる人がいる。診療看護師を目指して大学院に挑戦する人がいる。授乳しながら学び続ける人がいる。
「引き止めに限界を感じている」と語った坪井部長。しかしその言葉の裏には、強制するのではなく、選ばれる病院であり続けたいという思いが透けて見える。
12月から始まる新しいシフト制度が、どんな成果を生むのか。自動作成システムは、師長たちの負担をどれだけ軽減するのか。
そして、若き看護師たちが、この病院でどんなキャリアを築いていくのか。
関西ろうさい病院の挑戦は、まだ始まったばかりだ。


関西ろうさい病院
坪井幸代

