
2026/5/13
診療報酬改定で加速する看護師確保競争。「定着」する組織づくり、できていますか?

診療報酬改定により、医療機関は賃上げ対応と人材確保という大きな課題に直面しています。しかし、給与水準の引き上げだけでは、看護師の採用・定着は実現できません。
現在、看護師の確保競争は「数」から「質と定着」へとシフトし、旧態依然な組織体制からの脱却が求められています。看護師から選ばれる病院とそうでない病院の差はどこにあるのでしょうか。
本記事では、診療報酬改定を背景に、看護師採用の構造的な変化と、これからの病院経営に求められる組織づくりのポイントを株式会社日本経営 組織人事コンサルティング部 課長の馬渡美智さんに伺いました。
人材を確保できる病院と確保できない病院の差とは
−2026年度の診療報酬改定により、看護師の確保競争はどのように変化していますか。
看護師の確保競争は「単なる頭数合わせ」から、ベースアップ評価料やICTを駆使した「質と定着率の競争」へと劇的に変化しています。
具体的には「高い給与で人材を確保する大規模病院・都市部」と、「ICTの導入や他職種へのタスク・シフト、または制度の緩和規定を活用して少ない人数で生き残りを図る中小病院・地方」の二極化になるのではないかと考えます。
大規模な急性期病院では、より重症な患者を診るための高いスキルを持った看護師を必要としているため、高いスキルに対して高い給与水準を示すことと、専門的なスキルを身につけることができるというキャリアパスを提示して、ハイパフォーマーを獲得していくことが必要となります。
中小規模の病院では、2026年度の診療報酬改定「看護・多職種協働加算」が新設されました。看護配置「10対1」を維持しつつ、リハビリ職や管理栄養士など、多職種とのチーム医療で勝負する病棟に新たな加算が行われるというものです。これにより、中小病院は看護師の「数」の競争から脱却し、多職種協働による働きやすさをアピールする採用戦略へとシフトしています。
−人材を確保できている病院とできない病院、採用力の差はどこから生まれているのでしょうか。
採用力とは小手先のテクニックではなく「組織力そのもの」です。人材を確保できない病院は、多くの場合、採用手法以前に「今の労働環境やマネジメント体制のまま、どうやって人を集めるか」という都合の良い方法を探してしまっています。
逆に人材を確保できている病院は、選ばれる組織になるための働き方改革やマネジメント教育と、外部への魅力発信の両輪を回しています。
組織を客観的・継続的に可視化する重要性

−病院組織のあり方はどのように変化していますか。
これまでの病院組織は、医師を頂点としたヒエラルキー型の構造が中心でした。しかし現在は、患者中心の医療を実現するために、多職種が連携しながらチームで医療を提供していく方向へと変化しつつあります。
こうした流れの中で、従来のように経営者や一部のリーダーの意思決定に従うだけの組織から、現場の多様な職種が主体的に関わり、チームで課題を解決していく組織への転換が求められています。実際に、そのような取り組みを進めている医療機関も徐々に増えてきています。
今後は、トップダウンだけに依存するのではなく、双方向のコミュニケーションや対話を重視しながら、組織全体で意思決定を行っていくことが重要です。こうした組織のあり方への見直しが、これからの病院経営において不可欠になっていくと考えます。
−選ばれる組織づくりを行っていくためにはどうしたら良いでしょうか。
現場が今組織をどう捉えているかを知ることが重要です。従業員調査を行っている病院も増えています。調査は一度で終わらず、定期的に実施し続けることも大切です。「組織は生き物」とよく言われますけれども、人間の健康診断と同様に、組織の状態を客観的かつ継続的に可視化する必要があると思います。
現場の声を聞いてみると、意外な部分が自院の魅力に繋がっているケースもあります。一方で、不満の声が上がってくることを懸念する経営層の方も多いかと思います。全部の声には対応できないという現実もあるかと思いますが、全てに応えることはできなくとも、まずは1人1人の従業員とコミュニケーションを取り、一緒に考え、取り組むスタンスで対応していくことが大切です。
また働き方、制度改革は経営層でしか変えられない部分もありますが、働きやすさというのは職員一人ひとりが改善できることもあるはずです。「経営層や人事部が悪い」と責めるだけではなく、自分たちの組織は自分たちで良くするという意識を持つことも大事なポイントのように思います。経営層と職員、双方が対話を行いながら病院経営を行っていく組織へと変革していく必要があります。
−働き方や組織課題について建設的に議論できる場をつくるためには、会議のあり方をどのように見直していく必要があるのでしょうか。
多くの医療機関では、日々の業務に追われる中で、望ましい働き方について議論する場が十分に機能していないのが現状です。業務改善チームや会議自体は存在していても、実態としては取り組みの報告にとどまり、課題や目標に対する建設的な議論まで至っていないケースが少なくありません。
本来は、「目指すべき姿」と「現状」とのギャップを明確にし、どのような取り組みが必要かを議論・意思決定していく場であるべきですが、その役割を果たせていないことが課題となっています。
こうした状況を打開するためには、必要に応じて外部の専門家の力を借りるなど、会議そのもののあり方を見直し、実効性のある議論の場へと転換していくことが重要です。
夜勤対応から生まれる不満を解消するには?
−働きやすい環境づくりにおいて、看護師特有の課題はありますか。
妊娠・出産を機に、一定期間は夜勤が難しくなるなど、働き方に制約が生じるケースは少なくありません。一方で、看護師の業務は夜勤を前提としていたり、身体的・精神的に負荷の高い仕事であったりと、従来の働き方との間にギャップが生まれやすいのが実情です。
重要なのは、このギャップをどのように埋めていくかです。対応を誤ると、現場に残る職員に過度な負担が集中し、不満や軋轢が生まれやすくなります。また、休業・時短勤務中の職員にとっても居心地の悪さにつながり、そのまま離職してしまうケースも見られます。
だからこそ、特定の個人に負担を押し付けるのではなく、組織全体で働き方を見直し、双方にとって無理のない環境を整備していくことが重要です。お互いを支え合いながら働ける職場づくりが、結果として定着率の向上にもつながると考えます。
−具体的にはどのような対応を行うと良いでしょうか?
画一的な制度に当てはめて運用しようとすると、こうした課題に直面しやすくなります。一方で、うまく対応している医療機関では、職員一人ひとりの働き方について丁寧にヒアリングを行っています。
働き方の制約や負担の度合いは個人によって異なり、「出産後は一律で夜勤ができない」とは限りません。たとえば、実家が近く家族のサポートを受けられる場合や、パートナーの働き方が柔軟な場合には、月に1〜2回程度であれば夜勤が可能なケースもあります。
そのため、個々の状況を踏まえて無理のない範囲を見極めつつ、それぞれが担える役割を少しずつ分担していくことが重要です。丁寧な対話を重ねながら、現場全体で実現可能な体制を構築していくことが、持続的な組織運営につながると考えます。
人件費増時代の予算再設計

−限られた予算・人件費が増大する中で、採用投資を維持・拡大するにはどのような経営判断や優先順位の組み替えが必要でしょうか。
人事における課題は、重要度は高いものの、緊急度は高くないと捉えられ、先送りにされがちです。しかしそういう中で人事課題にいち早く着手した病院は人材を確保し、収益向上に繋げています。どこかで人の採用・定着に本気で着手するタイミングが必要だと思います。
この厳しい状況下で、経営層が「人件費が上がっているから、人事に関する予算を削ろう」と判断してしまうのは、もっとも避けるべき負のスパイラルの入り口です。採用投資を維持・拡大するためには採用経費を「コスト」ではなく「リターンを生む資本投資」として捉え直す必要があります。
予算の捻出においては、DX化や省人化がキーポイントになってくると思います。「人がしなくても良い業務」を自動化・システム化することで同時並行的に人への投資を行っていくことができると思います。
また、どんなに人を集めても短期間で辞めてしまえばコストが増える一方です。働き続けられる職場づくりを行っていき、定着率が上がっていけば、紹介会社に払う手数料を減らしていくことができ、そこで生まれた予算を人件費に活用できるのです。まずは定着率を上げるにあたってどこが課題なのかをきちんと明確にし、そこに対して手を打っていくということが先行して必要と考えます。
−採用や定着の課題を考えるうえで、個人ではなく組織や仕組みに目を向ける重要性について、どのようにお考えですか。
医療機関においては、問題が発生した際に個人に原因を求めてしまう傾向が少なくありません。しかし、人に原因を帰属させるだけでは根本的な解決にはつながらず、同様の課題が繰り返されてしまいます。
特に医療現場は「人」に依存する側面が大きい一方で、実際には環境や業務プロセス、組織の仕組みといった構造的な要因が影響しているケースも多くあります。これらに目を向けずに個人の問題として処理してしまうと、現場の負担は増し、結果として離職や人材不足といった課題の解消にはつながりません。
だからこそ、採用や定着の課題を含め、組織全体を俯瞰しながら構造的に見直していく視点が求められます。広い視野で課題を捉え直すことが、持続可能な病院経営の実現につながっていくのではないでしょうか。

馬渡美智 氏
株式会社日本経営 組織人事コンサルティング部・課長
従業員数500名規模の事業所で、総務・人事業務に従事した後、日本経営入社。入社後は組織人事コンサルティング部門に配属され、労務管理体制の調査・整備業務、組織活性化支援、人事制度の導入・運用支援、管理職研修、職員研修等に従事している。社会福祉協議会、各種団体等での講演やセミナーも多数行っている。 社会保険労務士有資格者。




